日向日和城

場所:都城市高城町大井手
 日和城は九州南部の暴れん坊、肝付兼重が築城し、兼重本城とも三股院高城とも言われる。
 畠山勢の攻撃を何度も撃退しているが、最後は250日の籠城戦の末落城したという。
 兼重自身は家臣の身代わり自刃のおかげで脱出し、後に薩摩の東福寺城で突如挙兵するという荒技をやってのけている。

 後に菊池武光は畠山直顕を穆佐城から追い、さらにこの城に逃れた直顕親子と千町川原に戦った。17日の激戦の末勝利し、この城も落城した。

 城域には兼重の碑が建つ。