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別名、住飽城。
毘沙門嶽城南西の「奥の院」から歩いていったら迷いに迷った。引き返すわけにもいかず、ひらすら西に歩いていると、ようやく曲輪跡らしき平地(左上)に到着した。これが最西端の曲輪だと思いたい。
そこから東へ進んでいくと、腰掛けられる切り株のある平地(左中)へと到達した。見晴らしも良いし、ここが主郭だろうか。いや、そうであってほしい。
さらに藪を漕ぎながら東へ進むと、曲輪らしきものが続いている。これは『福岡県の城』の記述と一緒だ。いいぞ。
半信半疑ながらもさらに進むと、堀切(上)と土塁らしきもの(左下)がある。これもまた『福岡県の城』の記述と一緒で、安堵した。ここでたぶん間違いないだろう。
さらに後日『福岡県の城郭』を読んだが、間違いなさそうだ。 |